青嵐食堂に暖かな午後の陽射しが差し込む中、颯太は昨日完成させた新メニューの最終調整を行っていた。星の雫ゼリーの透明感を活かすため、皿の選び方から盛り付けまで、細部にわたって検討を重ねる。料理への情熱を取り戻した今、以前にも増して集中力が研ぎ澄まされていた。

「お兄ちゃん、お疲れさま」

 咲良が温かいコーヒーを差し出しながら、颯太の手元を覗き込む。皿の上で輝く星の雫ゼリーは、まるで本物の星屑を閉じ込めたかのような美しさだった。

「ありがとう。でも、まだ何か足りない気がするんだ」

「十分美しいと思うけどな。でも、お兄ちゃんがそう言うなら、きっと正解があるのね」

 颯太の完璧主義的な一面を理解している咲良は、優しく微笑んで見守る。二人の穏やかな時間が流れる中、奥の扉がゆっくりと開いた。

「こんにちは、颯太さん」

 現れたのはリリアだったが、いつもの明るい笑顔ではなく、どこか曇った表情を浮かべている。続いてアーサーとグランドも姿を現したが、三人とも重い空気を纏っていた。

「どうしたんだ、みんな?何か嫌なことでもあったのか?」

 颯太の問いかけに、リリアは困ったような表情で言葉を選ぶように口を開いた。

「実は、最近アルカディア大陸で少し気になる話を耳にしているんです。魔物たちの動きが、以前よりも活発になってきているらしくて」

「魔物の動きが?」

 咲良も心配そうに身を乗り出す。颯太は手を止めて、真剣な表情で三人を見つめた。

「ああ」アーサーが重々しく頷く。「各地の騎士団から報告が上がってきている。森の奥深くで魔物の咆哮が聞こえることが増えたり、普段は人里近くに降りてこない種族が目撃されたりしているらしい」

「そんな物騒な話があるのに、よくここまで来られたね」

 咲良の言葉に、グランドが低い声で応える。

「我々が通る道筋は比較的安全だからな。だが、確かに空気が変わってきているのを感じる。古代の記憶を持つ者として言わせてもらえば、これは何かの前兆かもしれん」

 グランドの言葉に、場の空気が一層重くなる。颯太は腕を組んで考え込んだ。

「具体的に、どんな変化があったんだ?」

「まず、魔力の流れが不安定になっているという報告があります」リリアが説明を続ける。「普通の人にはわからない程度ですが、魔法使いたちの間では共通の認識になっています。それに伴って、魔物たちも落ち着かない様子なんです」

「魔力の流れか...」颯太は料理人として、異世界の食材に含まれる魔力についても敏感になっていた。「そういえば、昨日使った星の雫と大地の根も、いつもより少し魔力が強かった気がする」

「やはり、そうでしたか」アーサーが納得したように頷く。「各地で同様の現象が報告されています。魔法の品質が不安定になったり、予想以上に強力な効果が現れたりしているそうです」

 咲良は不安そうに兄を見つめる。「それって、危険なことなの?」

「今のところ、直接的な害はありません」リリアが慌てて補足する。「でも、自然のバランスが崩れている可能性があります。それが魔物たちの異常行動の原因かもしれません」

 颯太は星の雫ゼリーを見つめながら考えを巡らせる。料理人として、食材の変化は敏感に感じ取れるはずだ。

「みんな、ちょっと待ってくれ」

 颯太は立ち上がると、厨房の奥から昨日仕入れた異世界の食材を取り出してきた。星の雫、大地の根、それに普段よく使う月草や風花の実など、数種類を並べる。

「これらの食材を改めて調べてみよう。もし魔力に変化があるなら、料理人の感覚で何かわかるかもしれない」

 颯太は一つずつ食材に触れ、その感触や香り、そして微かに感じる魔力の質を確かめていく。普段は意識していなかったが、集中してみると確かに違いがあった。

「確かに、いつもと違う。魔力がより濃縮されているというか、密度が高くなっている感じがする」

「やはり」グランドが深刻な表情で呟く。「これは単なる季節的な変動ではなさそうだな」

 その時、咲良が思い出したように手を叩いた。

「そういえば、昨日セレスティアルさんという方が来られましたよね。魔法協会の使者だとおっしゃっていましたが、もしかしてこの件と関係があるんでしょうか?」

 リリア、アーサー、グランドの三人が同時に顔を見合わせる。明らかに動揺の色が浮かんでいた。

「セレスティアル?魔法協会の?」リリアが驚いた声を上げる。「本当ですか?」

「ああ、颯太の影響力を調査すると言っていた」咲良が説明すると、三人の表情はさらに険しくなった。

「それは...」アーサーが言いにくそうに口を開く。「魔法協会が動き出したということは、事態はかなり深刻かもしれません」

「どういうことだ?」颯太が問い詰める。

「魔法協会は、アルカディア大陸の魔法に関する全てを統括している組織です」リリアが説明する。「普通は表立って行動することはありません。彼らが使者を派遣するということは、何か大きな異変を察知している証拠です」

 グランドが重々しく付け加える。

「加えて言うなら、セレスティアルという名前には覚えがある。彼女は協会でも特に優秀な調査官として知られている。軽い案件で派遣されるような人物ではない」

 颯太は胸の奥に不安が広がるのを感じた。自分が料理を通じて異世界の人々と築いてきた関係が、何かよくない方向に影響しているのだろうか。

「僕が何かまずいことをしてしまったのか?」

「そんなことありません」リリアが慌てて首を振る。「颯太さんは素晴らしい料理で、私たちに幸せを与えてくれました。それは間違いないことです」

「そうだ」アーサーも力強く頷く。「君の料理は多くの人の心を癒し、希望を与えている。それが悪いことであるはずがない」

 それでも、颯太の心に影を落とす不安は消えなかった。料理への情熱を取り戻したばかりなのに、また新たな問題に直面することになるのだろうか。

「とりあえず、今日は情報収集に徹しよう」颯太が決断する。「みんな、アルカディア大陸の状況についてもっと詳しく教えてくれないか?僕も何か手伝えることがあるかもしれない」

 三人は颯太の言葉に励まされたように表情を少し明るくする。こんな時でも、仲間のことを第一に考える颯太の優しさに心を打たれていた。

 午後は情報交換の時間となった。リリアは森の魔法使いたちから聞いた話を、アーサーは騎士団の報告を、グランドは古代から続く魔力の流れについて、それぞれ詳しく語った。颯太と咲良は真剣に耳を傾け、時折質問を投げかける。

 やがて夕暮れが近づき、三人が帰る時間となった。別れ際、リリアが颯太の手を取って言った。

「颯太さん、心配しないでください。きっと大丈夫です。私たち、一緒に乗り越えましょう」

「ありがとう、リリア。君たちがいてくれて本当に良かった」

 三人を見送った後、颯太と咲良は店内で向き合って座った。

「お兄ちゃん、大丈夫?」

「正直、不安はある。でも、逃げるつもりはないよ。みんなと一緒なら、きっと何とかなる」

 咲良は安心したように微笑んだ。夜の帳が青嵐食堂を包む中、兄妹は明日への決意を新たにしていた。しかし、窓の外では不気味な雲が月を隠し、まるで嵐の前の静けさを告げているかのようだった。

青嵐食堂の異世界料理人

15

襲来の予兆

春野 美味

2026-04-04

前の話
第15話 襲来の予兆 - 青嵐食堂の異世界料理人 | 福神漬出版