朝霧に包まれた森の小道を、颯太たちは北へと歩を進めていた。リリアの故郷を救ったものの、魔王の封印が弱まっているという現実は重く、一行の表情は引き締まっている。
「遺跡まではあと三日ほどの道のりだ」アーサーが地図を確認しながら言った。「この先の街道沿いに宿場町があるから、そこで補給と休息を取ろう」
グランドが大きな翼を広げて上空を見回す。「魔物の気配は薄いが、油断は禁物だな」
「みんな、ありがとう」リリアが小さく呟いた。「私の故郷のために、こんなに」
「何を言ってるんだ」颯太は振り返って微笑んだ。「俺たちは仲間だろう?困った時はお互い様だ」
その時、前方の茂みがガサガサと音を立てた。アーサーが剣の柄に手を置き、グランドが身構える。しかし現れたのは魔物ではなく、毛むくじゃらの大きな体に犬のような顔をした獣人だった。
「待ってくれ!」その獣人は両手を上げて叫んだ。「敵じゃない!助けてくれ!」
よく見ると、獣人の足には罠が食い込んでいる。血が滲み、痛々しい傷を負っていた。
「大丈夫か?」颯太は迷わず駆け寄った。「この罠、相当食い込んでるな」
「密猟者の仕掛けた罠だ」獣人は苦痛に顔を歪めながら答えた。「俺はガルス。近くの山で狩猟ガイドをしている」
アーサーとグランドが協力して罠を外し、リリアが治癒魔法をかける。ガルスの傷は見る見るうちに塞がっていく。
「ありがとう。命の恩人だ」ガルスは深々と頭を下げた。「お礼がしたい。何でもする」
「お礼なんて気にしなくていいよ」颯太は首を振った。「それより、お腹空いてない?怪我で体力を消耗しただろう」
颯太は携行していた食材を取り出し、その場で簡単な料理を作り始めた。野菜と肉を炒め、獣人の体質に合わせて野生の薬草を加える。
「この香り…」ガルスの鼻がひくひくと動いた。「素晴らしい。俺は肉ばかり食べているが、こんな良い匂いは初めてだ」
完成した野菜炒めを差し出すと、ガルスは一口食べて目を見開いた。
「うまい!こんな美味しいものがあるのか!」ガルスは感動で涙を浮かべた。「あんた、只者じゃないな。料理人か?」
「まあ、そんなところかな」颯太は苦笑いした。
「すごいです、颯太さん」リリアが感嘆の声を上げた。「獣人族の体質を瞬時に理解して、最適な料理を」
ガルスは料理を完食すると、改めて颯太たちに向き直った。
「俺にも仲間に加えてくれ」真剣な表情で言った。「この森の案内はお手の物だし、戦いでも役に立つ。それに、あんたの料理をもっと食べてみたい」
颯太は仲間たちと目を合わせた。皆、微笑んで頷いている。
「歓迎するよ、ガルス」颯太は手を差し出した。
一行に新たな仲間が加わり、宿場町への道のりも軽やかになった。ガルスは森の知識が豊富で、食用になる山菜や薬草を次々と教えてくれる。
「この青い実は甘酸っぱくて、肉料理のソースに最高だ」
「へえ、面白そうだな。今度試してみよう」
宿場町に到着すると、街の中心にある市場で思わぬ出会いがあった。手のひらほどの小さな体に蝶のような羽を持つ妖精が、宝石のような果物を売っていたのだ。
「いらっしゃい、いらっしゃい!アルカディア大陸最高の果物はいかが?」妖精は鈴のような美しい声で呼びかけた。
「可愛い」リリアが目を輝かせた。「妖精のルーナちゃんだ」
「あら、リリアじゃない!」ルーナと呼ばれた妖精は喜んで舞い上がった。「久しぶり!元気だった?」
「うん!ルーナちゃんも元気そうで良かった」
二人は旧知の仲らしい。ルーナは商人として各地を回っているという。
「この人たちが私の仲間よ」リリアが紹介すると、ルーナは興味深そうに颯太を見つめた。
「あなたが噂の料理人さんね。リリアから手紙をもらったの。森の村を救ったって」
「そんな大それたことじゃないよ」颯太は謙遜した。
「謙遜しないで。私の扱っている食材で、何か作ってもらえる?とっても珍しい果物があるの」
ルーナが取り出したのは、虹色に輝く不思議な果実だった。
「フェアリーフルーツよ。妖精族の間では最高級品として珍重されているの。でも、人間や他の種族には少し刺激が強すぎるのが難点なのよね」
颯太は果実を手に取り、香りを確かめた。強烈な甘い香りの中に、確かに刺激的な要素を感じる。
「面白そうだ。ちょっと調理してみてもいいかな?」
宿場町の調理場を借りて、颯太は実験を始めた。まずはそのまま味見をして、その後様々な食材と組み合わせてみる。牛乳と合わせると刺激が和らぎ、蜂蜜を加えることでまろやかさが増した。
最終的に、フェアリーフルーツのムースが完成した。虹色の美しい見た目で、口に入れると最初は甘く、後から爽やかな刺激が広がる。
「すごい!」ルーナは感動で羽をきらめかせた。「刺激が全然気にならない。こんなに美味しくできるなんて」
「妖精族以外でも楽しめる味になってる」リリアも驚いた。「颯太さんの腕前は本当にすごいです」
「俺にも、俺にも!」ガルスが尻尾を振って催促した。
皆でフェアリーフルーツのムースを味わいながら、ルーナが提案した。
「お願いがあるの。私も仲間に入れてもらえない?各地の珍しい食材を集めるのが得意だし、情報収集も任せて」
「小さい体で大丈夫なのか?」アーサーが心配そうに尋ねた。
「見くびらないで。妖精は見た目より丈夫なのよ」ルーナは胸を張った。「それに、空を飛べるから斥候も得意よ」
こうして、颯太の仲間はさらに増えた。多様な種族が集まることで、料理のレパートリーも大幅に拡大する。ガルスは肉料理のプロで、山の幸に詳しい。ルーナは各地の珍しい食材を知っており、妖精族の繊細な味覚を活かした調味法を教えてくれる。
宿で夕食を共にしながら、颯太は新しい仲間たちを見回した。
「みんな、ありがとう。こんなにたくさんの仲間ができるなんて思わなかった」
「こちらこそ、颯太さんの料理に出会えて幸せです」リリアが微笑んだ。
「同感だな」グランドも頷いた。「多様な種族が集まることで、新たな可能性が広がる」
ガルスは肉にかぶりつきながら言った。「俺たちの種族は、普通なら一緒に行動することはない。でも、颯太の料理があれば、みんなで同じ食卓を囲める」
「料理の力って素晴らしいわね」ルーナも同感した。「違いを越えて、心を通わせることができる」
その夜、颯太は一人で星空を見上げていた。こんなにたくさんの仲間に囲まれて、改めて料理人としての使命を感じている。
「颯太さん」リリアが隣にやってきた。「明日からいよいよ遺跡に向かいますね」
「ああ。でも、今なら何があっても大丈夫な気がする」颯太は振り返って微笑んだ。「みんながいるから」
「きっと魔王も、颯太さんの料理を食べれば心を取り戻すかもしれません」
「そうだといいんだけどな」
翌朝、一行は北の遺跡に向けて出発した。新たな仲間を得て、颯太の料理への情熱はさらに燃え上がっている。しかし、彼らが向かう先には、想像を絶する試練が待ち受けているのだった。