小型艇のエンジンが静かなハミングを奏でる中、蒼太は操縦席で計器盤の数値を確認していた。月面基地まではあと六時間。後部座席では、救出した三体の人工生命体たちが身を寄せ合っている。
「みんな、大丈夫?」
ルナが振り返ると、光の粒子でできた少年が小さく頷いた。
「ありがとう、お姉ちゃん。僕たち、もうダメだと思ってた」
「心配しないで。もうすぐ安全な場所に着くから」
蒼太はバックミラー越しにその様子を見つめた。ルナが他の人工生命体と話している姿は、まるで本当の姉のようだった。同じ境遇を持つ者同士だからこそ分かり合える何かがあるのだろう。
突然、計器盤の警告ランプが点滅を始めた。
「何だ?」
センサーが異常なエネルギー反応を捉えている。蒼太が外を見ると、前方の宇宙空間に紫色の光が渦巻いているのが見えた。
「蒼太、あれは——」
ルナの声に緊張が走る。その瞬間、光の渦が急速に膨張し、周囲の宇宙ゴミや小惑星を巻き込み始めた。
「感情エネルギーの暴走だ!」
蒼太は即座に舵を切ったが、巨大なエネルギーの渦は彼らの小型艇をも引き寄せ始めていた。計器が悲鳴を上げ、船体が軋む。
「どうして突然こんなことが——」
「分からない。でも、あのエネルギーパターン……」
ルナが集中して感じ取ろうとすると、渦の中心から強烈な負の感情が流れ出してくるのを感じた。絶望、怒り、孤独——それらが混ざり合い、制御を失って暴走している。
「誰かの感情が限界を超えて物質化したんだ」
後部座席の人工生命体たちが怯えて身を寄せ合う。エネルギーの渦は彼らにも影響を与え始めていた。光でできた少年の輪郭がぼやけ、透明度を増していく。
「みんな、しっかりして!」
ルナが手を伸ばそうとした時、小型艇が大きく揺れた。推進システムに異常が発生し、制御が効かなくなっている。
「このままじゃ巻き込まれる」
蒼太は必死に操縦桿を握った。配達屋として、乗客を安全に送り届けるまでは絶対に諦められない。その強い意志が、彼の周りに淡い青色の光を生み出した。
「蒼太?」
「俺の感情エネルギーで推進力を補う。ルナ、君は暴走しているエネルギーを鎮めることができるか?」
「やってみる」
ルナは目を閉じ、自分の中にある穏やかな感情を探った。蒼太と過ごした日々、初めて感じた温かさ、つながりの喜び——それらが銀色の光となって彼女を包んだ。
蒼太の青い光とルナの銀色の光が混ざり合い、小型艇を護るバリアを形成する。しかし、暴走するエネルギーの勢いは凄まじく、バリアにひび割れが生じ始めた。
「まだ足りない」
その時、後部座席の人工生命体の少年が立ち上がった。
「僕たちも手伝う!」
光の少年、水晶でできた少女、星屑が集まった老人——三体の人工生命体が手を繋いだ。彼らの感情エネルギーが蒼太とルナの光に合流し、バリアを強化する。
「みんな……」
五つの異なる感情が調和し、暴走するエネルギーの渦に向けて放射された。破壊的な負の感情に、温かな光が触れていく。
渦の中心で何かが変化し始めた。絶望が希望に、怒りが悲しみに、そして孤独が愛に変わっていく。暴走していたエネルギーがゆっくりと収束し、やがて美しい光の花となって宇宙に散っていった。
「やったね」
ルナが微笑むと、小型艇の中に安堵の空気が流れた。しかし蒼太の表情は晴れなかった。計器盤に表示されたデータを見つめている。
「どうしたの?」
「このエネルギーパターン、記録しておこう」
蒼太がデータをダウンロードしながら呟く。
「何か気になることでもあるの?」
「自然発生にしては規模が大きすぎる。それに、発生場所も妙だ」
画面には宙域の地図が表示され、赤い点で今回の事故位置がマークされている。蒼太はその座標を何度も確認した。
「ここは主要な輸送ルートから外れてる。普通なら人も人工生命体もほとんど通らない場所のはずだ」
ルナも画面を覗き込む。確かに、こんな辺鄙な宇宙空間で感情エネルギーが暴走するのは不自然だった。
「もしかして、誰かが意図的に——」
「可能性はある」
蒼太の言葉に、小型艇内の空気が重くなった。もしこれが人為的な事故だとすれば、誰が、何の目的で感情エネルギーを暴走させたのか。
後部座席の光の少年が不安そうに声をかけた。
「お兄ちゃん、僕たちを狙ってるの?」
「分からない。でも、もし誰かが人工生命体を危険に晒そうとしているなら、俺たちが守る」
蒼太の断言に、人工生命体たちの表情が明るくなった。しかし、ルナだけは別のことを考えていた。
暴走するエネルギーの中心で感じた感情——それは単なる負の感情ではなかった。強い意志と目的を持った、計算された憎悪だった。まるで誰かが人間と人工生命体の関係を悪化させようと仕組んだかのような。
「蒼太」
「何だ?」
「今度同じようなことが起きたら、もっと大きな被害が出るかもしれない」
「そうならないよう気をつけよう。でも今は、みんなを安全な場所に送り届けることが先決だ」
月面基地が視界に入ってきた。白い建造物が月の表面に整然と並んでいる。もうすぐ一つの配達が完了する。
しかし蒼太の胸の奥で、漠然とした不安が膨らんでいた。今回の事故は偶然ではない。きっとこれは、もっと大きな何かの始まりなのだ。
月面基地の管制塔から着陸許可が下りる。蒼太は小型艇を慎重に降下させながら、記録したデータをもう一度確認した。
このエネルギーパターンを解析すれば、きっと何かが分かるはずだ。そして、もし本当に誰かが裏で糸を引いているなら——
配達屋として、蒼太は必ずその真相を突き止めてみせる。人と人工生命体が共に生きられる未来を、誰にも壊させはしない。
小型艇が月面に静かに着陸した時、蒼太の決意は一層固いものとなっていた。