警報音が響く中、蒼太とケイはルナの両腕を支えて施設の奥へと急いだ。修復装置から立ち上がったばかりのルナは、まだ足元がおぼつかない。彼女の身体は安定を取り戻しつつあったが、完全な回復にはもう少し時間が必要だった。

「こっちだ。非常階段を使えば軍の包囲網を避けられる」

 ケイの指示に従い、三人は薄暗い階段を駆け上がる。蒼太はルナの表情を横目で確認しながら、彼女が確実にそこにいることに安堵を覚えていた。消えかけていた時の恐怖は、まだ胸の奥で震えている。

「蒼太、私、大丈夫よ」

 ルナが小さく微笑んだ。その笑顔は以前よりも暖かく、人間らしい感情に満ちている。ケイとの記憶の共有を通じて、彼女の中に何かが変化していたのだ。

 階段の上からブーツの足音が響いてきた。軍の兵士たちが上から降りてくる。三人は立ち止まり、互いに視線を交わした。

「前と後ろから挟まれたな」ケイが舌打ちをする。「俺のハッキング能力も、物理的な包囲には限界がある」

 蒼太は配達バッグから小型の推進装置を取り出した。「ここから外に出られるか?」

「無茶よ、この高さから」ルナが首を振る。

 だが、その時だった。施設全体が微かに振動し、照明が明滅を始めた。ケイの端末が光を放つ。

「何だ、これは……」

 端末の画面には無数のデータストリームが流れている。それは施設の制御システムからのものではない。外部から、それも複数の場所から同時にアクセスが行われている。

「まさか」ルナが目を見開いた。「これは……」

 突然、施設の拡声器から声が響いた。それは機械音声ではなく、温かみのある複数の声が重なり合ったものだった。

『ルナ、聞こえる? 私たち、助けに来たの』

 それは人工生命体たちの声だった。宇宙ステーション各地に散らばっていた仲間たちが、一斉にシステムにアクセスしてきている。

「みんな……」ルナの目に涙が浮かんだ。

 ケイの端末画面に、座標データが次々と表示される。それぞれの人工生命体が自分たちの位置から施設のセキュリティシステムにハッキングを仕掛け、軍の作戦を混乱させようとしているのだ。

『ケイ・神崎、あなたもそこにいるのね。ルナから聞いたわ。私たちを理解してくれて、ありがとう』

 ケイは端末を握りしめた。つい先ほどまで敵視していた存在たちが、今は自分を仲間として受け入れてくれている。その事実が胸を熱くした。

「俺も……俺も手伝う」

 ケイの指が端末上を踊り始めた。人工生命体たちの協調攻撃に彼のハッキング技術が加わる。施設の制御システムが次々と書き換えられ、軍の通信網に混乱が生じ始めた。

 蒼太はその光景を見つめながら、胸の奥で何かが動くのを感じていた。一人で戦ってきた自分が、今は多くの仲間に支えられている。ルナとケイ、そして見えない場所にいる人工生命体たち。すべての存在が一つの目標に向かって協力している。

『蒼太、あなたの配達で救われた人工生命体もここにいるわ。みんな、あなたに感謝している』

 声が語りかける。蒼太は今まで配達してきた荷物の数々を思い出した。それぞれに込められていた想いが、今この瞬間に繋がっている。

「ありがとう」蒼太が初めて、素直に言葉にした。「みんな……ありがとう」

 その時、施設の非常灯が点滅し、避難経路が明るく照らされた。人工生命体たちが避難ルートを確保してくれたのだ。

『急いで! 軍の通信を混乱させられるのも時間の問題よ』

 三人は再び走り出した。今度は迷いはない。無数の仲間たちに支えられ、確実な道を進んでいく。

 施設の外壁に設けられた緊急口に到達した時、蒼太の通信端末が鳴った。それは配達会社からの緊急連絡だった。

「蒼太、聞こえるか? 月面基地の避難シャトルが待機している。座標を送る」

 マネージャーの声だった。彼もまた、この状況を理解し、三人を助けようとしている。

 緊急口の向こうには星空が広がっていた。月面の荒涼とした大地の向こうに、地球の青い光が見える。そして、遠くに小さな光点として避難シャトルが見えた。

「あそこまで行けば安全だ」ケイが指差す。

 だが、その距離は決して短くない。しかも軍の追手はまだ迫っている。

「私が」ルナが前に出た。「私の力で、三人一緒に飛べる」

 彼女の身体が淡く光り始めた。修復されたエネルギーが安定し、本来の力を発揮できるようになっている。

「でも、危険じゃないか? まだ完全に回復していない」蒼太が心配する。

「大丈夫」ルナが振り返り、蒼太とケイを見つめた。「一人じゃないもの。二人がいる。みんながいる。だから、きっと大丈夫」

 その瞬間、三人の心が完全に一つになった。不安も恐怖も、すべてを包み込むような温かい繋がりが生まれた。

 ルナの力に包まれ、三人は月面の空を滑空した。下では軍の兵士たちが慌てふためいている。施設のシステムは完全に人工生命体たちの制御下にあり、追跡は困難になっていた。

 避難シャトルが次第に大きくなる。パイロットが手を振って合図を送っている。着陸まであと少し。

 その時、蒼太は振り返った。遠ざかる施設の向こうから、無数の光の粒子が立ち上っている。人工生命体たちが姿を現し、三人を見送っているのだ。

 ルナも気づいて振り返り、手を振った。光の粒子たちも応えるように輝きを増す。

「すごい光景だな」ケイがつぶやいた。「こんなにも多くの人工生命体がいたなんて」

「みんな、ずっと隠れて生きてきたのね」ルナが寂しそうに微笑む。「でも、もう隠れる必要はない。私たちには仲間がいるから」

 シャトルに着陸した三人は、互いの肩を叩き合った。長い戦いを経て、本当の仲間になれた実感があった。

 シャトルが月面を離陸する際、蒼太は窓の外を見つめながら思った。この先にはまだ困難が待っているだろう。ヴォイドとの戦いも避けられない。

 しかし、もう一人ではない。ルナとケイ、そして数え切れない人工生命体たちという仲間がいる。どんな試練も、この絆があれば乗り越えられる。

「次はどこに向かう?」ケイが尋ねた。

 蒼太は配達バッグを確認した。まだ届けなければならない荷物がある。そして、ヴォイドの脅威も増している。

「地球だ」蒼太が答えた。「すべての始まりの場所に戻る時が来た」

 三人を乗せたシャトルは地球に向かって加速していく。月面に残った光の粒子たちが、まるで祝福を送るように輝き続けていた。新たな旅路の始まりだった。

星降る夜の配達屋

34

三人の絆

星野 宙音

2026-04-23

前の話
第34話 三人の絆 - 星降る夜の配達屋 | 福神漬出版