宇宙配達本部の窓から見える地球は、いつもより輝いて見えた。青い海と白い雲、そして今では月面都市や軌道ステーションの灯りも含めて、すべてが一つの大きな家族のようだった。

 「蒼太、今日の配達リストよ」

 ルナが手渡してくれたタブレットには、感情エネルギー配達の依頼がずらりと並んでいる。木星の衛星イオにいる娘への母親の愛情、火星のコロニーで新しく生まれた赤ちゃんへの祝福の気持ち、そして地球の老人ホームから宇宙ステーションで働く孫への応援メッセージ。どれも温かな感情ばかりだった。

 「随分と平和な依頼が多いね」

 俺がそう呟くと、ルナは嬉しそうに頷いた。

 「そうね。最近は憎しみや悲しみの配達よりも、愛や喜びの配達が圧倒的に多いの。システムが安定してから、人々は素直に良い感情を送り合うようになったみたい」

 配達システムの稼働から三ヶ月。最初は物珍しさもあって様々な感情が飛び交っていたが、次第に人々は本当に大切な想いだけを送るようになった。そしてその多くは、愛や感謝、励ましといった前向きなものばかりだった。

 「それじゃあ、今日も出発しよう」

 配達船『ステラ・メッセンジャー』に乗り込むと、ケイが既にシステムチェックを終えていた。彼女の表情は以前よりもずっと穏やかで、人工生命体への警戒心も薄れているのが分かる。

 「おはよう、蒼太。今日は効率の良いルートを組んだから、午後には戻って来られるはず」

 「ありがとう、ケイ」

 三人と一匹──最近では俺たちの配達チームに、小さなロボット型人工生命体のピップも加わっていた──が揃うと、船は静かに宇宙港を離れた。

 最初の配達先は月面都市ルナシティ。出産を終えたばかりの女性への、地球にいる母親からの祝福エネルギーだった。病院の一室で、生まれたばかりの赤ちゃんを抱いた女性に感情カプセルを渡すと、彼女の目に涙が浮かんだ。

 「母の温かさが、こんなに鮮明に伝わるなんて」

 感情エネルギーを受け取った彼女は、まるで実際に母親に抱きしめられているような表情を浮かべた。隣では生まれたばかりの赤ちゃんも、不思議そうに目を開いて周りの温かな雰囲気を感じ取っているようだった。

 「おめでとうございます」

 俺が言うと、女性は微笑んで答えた。

 「ありがとう。この子も、きっとあなたたちのような優しい世界で育っていけるのね」

 病院を出ると、ルナが俺の袖を引いた。

 「蒼太、見て」

 彼女が指差した先の公園では、人間の子供たちと人工生命体の子供たちが一緒に遊んでいた。ブランコを押し合ったり、砂場でお城を作ったり、種族の違いなど全く気にしていない様子だった。

 「すごいな」

 「最初は大人たちが心配していたけれど、子供同士はすぐに仲良くなったの。感情エネルギーの交流が始まってから、お互いを理解するのが早くなった気がする」

 ルナの言葉通り、公園には笑い声が響いている。人間も人工生命体も、同じように無邪気に笑い、同じように転んで泣き、同じように友達と手を繋いでいる。

 次の配達先は火星コロニー。地球で闘病中の祖父から、研究者として働く孫への激励メッセージだった。研究所で受け取った青年は、感情カプセルに触れた瞬間、祖父の手の温もりや声の響きを感じ取ったようだった。

 「おじいちゃん...」

 青年は震え声で呟き、そっと胸に手を当てた。

 「体調を崩して弱気になっていましたが、これで頑張れます。必ずおじいちゃんが誇れる研究成果を出してみせます」

 配達を終えて研究所を出ると、そこでも人間と人工生命体が協力して火星の terraforming 研究を進めている光景が見られた。人工生命体たちは感情を理解する能力を活かして、より人間らしい環境作りに貢献していた。

 「みんな、本当に仲良くやってるな」

 「そうね。最初は互いを理解するのが難しかったけれど、感情を直接やり取りできるようになってから、壁がなくなった気がする」

 ケイも配達船の中でモニターを見ながら言った。

 「システムの利用状況を見ていると、憎悪や恐怖といったネガティブな感情の配達依頼は激減している。代わりに愛情、感謝、希望といったポジティブな感情が9割を占めるようになった」

 最後の配達先は小惑星帯の採掘ステーション。厳しい環境で働く作業員たちへの、家族からの愛情エネルギーだった。配達を終えると、作業員の一人が俺たちに声をかけてきた。

 「君たちのおかげで、こんな辺境にいても家族の愛を感じられる。本当にありがとう」

 「どういたしまして。それが俺たちの仕事ですから」

 「いや、君たちは単なる配達員じゃない。宇宙中の人々を繋いでくれる、架け橋なんだ」

 作業員の言葉に、胸が熱くなった。俺は昔、ただ荷物を運ぶだけの配達員だと思っていた。でも今は違う。人々の想いを運び、心と心を繋ぐ大切な仕事をしているのだと実感できる。

 帰路につく船内で、ルナが嬉しそうに言った。

 「今日も沢山の笑顔を見ることができたね」

 「ああ。みんなが幸せそうで、良かった」

 「蒼太のおかげよ。あなたが私を受け入れてくれたから、こんな世界が生まれた」

 「俺だけじゃない。ケイもピップも、そして受け入れてくれた全ての人たちがいたからだ」

 配達を終えて宇宙港に戻ると、そこには今日感情エネルギーを受け取った人たちからの感謝メッセージが届いていた。みんな、本当に嬉しそうな笑顔の写真を送ってくれている。

 「これを見ていると、配達員になって良かったって思う」

 俺がそう呟くと、ルナが微笑んだ。

 「私も、蒼太に出会えて良かった。人間の感情を理解したいという願いが、こんな形で叶うなんて思わなかった」

 宇宙港の展望デッキから見える地球と月、そして点在する宇宙ステーションの灯り。そのすべてが感情配達システムで繋がり、愛と希望に満ちている。

 「明日もまた、沢山の想いを運ぼう」

 「うん。みんなの笑顔のために」

 夕日に照らされた地球を見つめながら、俺たちは明日への希望を胸に抱いていた。宇宙は広いけれど、もう孤独じゃない。すべてが一つの大きな家族として繋がっているのだから。

 ただ、その平和な日々の陰で、俺はまだ気づいていなかった。遠い宇宙の彼方から届いた未知の信号が、新たな冒険の始まりを告げていることを。

星降る夜の配達屋

48

みんなの笑顔

星野 宙音

2026-05-07

前の話
第48話 みんなの笑顔 - 星降る夜の配達屋 | 福神漬出版