山田浅右衛門は、今朝も外れた。

 刀の切れ味を試す仕事を請け負って三十年。御様御用と呼ばれるその職は、斬首された罪人の骸を使い、刀の試し斬りを行う役目である。試した結果は証文に認め、刀の価値を保証する。浅右衛門の一筆があれば、刀は十両高く売れた。

「また一の胴で止まりましたか」

 助手の竹蔵が帳面に書き付けながら言った。一の胴とは、重ねた死体一体を断ち切ったことを意味する。名刀ならば三の胴、四の胴と重ねても断てるとされていた。

「左様。この刀は並よ」

 浅右衛門は刃を拭いながら答えた。竹蔵が証文を差し出す。浅右衛門は筆を取り、「一の胴」と書いた。

 じつのところ、浅右衛門はここ数年、骸を使っていない。

 手に職のない浪人、首が回らぬ商人、行き倒れの老爺。そういった者たちが、深夜、こっそり浅右衛門の屋敷を訪ねてくる。翌朝、彼らの姿はない。代わりに小判が数枚、浅右衛門の手元に残る。

 刀の試し斬りに、死んだ人間の肉は案外向かない。冷えて硬くなるからだ。生きた人間の方が、刀の本当の切れ味がよくわかる。

 浅右衛門はそう気づいてから、商売のやり方を少し変えた。それだけのことだった。

「ところで師匠」と竹蔵が言った。「わたしの叔父が、どうしても借財が返せぬと嘆いておりまして」

 浅右衛門は証文を乾かしながら、ゆっくりと弟子を見た。

「いくら欲しい」

「二両あれば」

 浅右衛門は少し考えた。

「わかった。叔父御を明晩、連れてきなさい」

 竹蔵は深々と頭を下げた。その顔に、安堵の色が広がっていた。

 浅右衛門は立ち上がり、刀を鞘に収めた。

 明日の朝、また外れるかもしれない。いや、この刀ならば、二の胴は行けるか。

 そう思いながら、彼は空を見上げた。抜けるような、青い空だった。

 竹蔵はまだ気づいていない。師匠が渡す二両が、いつも叔父御の数だということに。

時代小説

首切り役人の朝

辻村玄一郎

2026-05-20

一覧へ
首切り役人の朝 - ショートショート | 福神漬出版