消しゴムが減らない。

 三ヶ月前に買ったそれは、いまも角が立ったまま、筆箱の中で白く鎮座している。

 高校二年の春から、僕は隣の席の宮下に恋をしていた。正確に言えば、恋をしているふりをすることに、慣れすぎていた。

 授業中、宮下が消しゴムを落とす。僕が拾う。それだけのことを、二人は三ヶ月間繰り返した。

「また落としちゃった」

 宮下はそう言って、決まって少し赤くなる。僕は何も言わずに渡す。それが儀式だった。

 消しゴムは、古びたピンク色だった。角は丸くなり、表面に鉛筆の汚れが染みついていた。誰かがずっと使い込んだ証拠が、くっきりと残っていた。

 僕は自分用の新品を買ったが、一度も使わなかった。宮下の消しゴムを拾うたびに、その温もりを確かめるのが好きだったから。

「宮下って、よく消しゴム落とすよな」

 ある日、友人の田中が言った。

「そう?」

「わざとじゃないの」

 僕は笑って流した。そんなわけがない、と思いながら。

 七月の終わり、宮下は転校した。父親の仕事の都合だと聞いた。最後の日、宮下は何も言わなかった。僕も何も言えなかった。ただ、いつもより少しだけ長く、目が合った。

 それだけだった。

 夏休みが終わり、新学期が来た。宮下の席には別の生徒が座った。僕の筆箱には、使われないまま白い消しゴムがある。

 十月のある朝、掃除の時間に机を動かしていると、床の隅から何かが出てきた。

 古びたピンク色の、丸みを帯びた消しゴム。

 僕はそれを拾って、長いこと見つめた。

 汚れの染みついた表面に、シャープペンシルで小さな字が彫ってあった。

 消しかけて、それでも残った細い線で、確かにこう刻まれていた。

「気づいてよ」

青春

消しゴム

柳瀬 一徹

2026-06-01

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消しゴム - ショートショート | 福神漬出版