その男は、神様を売っていた。

 市場の端、腐った木箱の上に小さな瓶を並べて、男は客を待った。瓶の中には何も入っていないように見えたが、よく光に透かすと、何かがゆらゆらと泳いでいた。形のないもの、あるいは形になりたがっているものが。

「一瓶いくらだ」

 通りかかった商人が尋ねた。

「あなたが持っているもの、すべてです」

 男は答えた。

 商人は鼻で笑い、去った。代わりに、みすぼらしい身なりの女が近づいてきた。

「わたしは何も持っていない」

 女は言った。

「ならば、ちょうどよい」

 男は瓶を一本、女の手に置いた。

 栓を抜くと、何かが女の掌に落ちた。小石ほどの重さがあった。しかし何も見えなかった。

「これは何をする神様ですか」

「さあ。神様に聞いてみてください」

 女は手の中の見えないものに、初めて声をかけた。祈るというより、話しかけるように。夫が死んだこと。子が病だということ。今夜の食事がないということ。

 翌朝、子の熱が引いた。

 翌週、見知らぬ人間が食料を届けた。

 翌月、女は市場で働き口を得た。

 一年後、女は男を探した。市場の端に、男はまだいた。瓶の数は減っていなかった。

「神様のおかげで、暮らしが変わりました」

 女は言った。

「それはよかった」

「神様に、お礼がしたい。何かお供えするものはありますか」

 男は少し考えた。

「では、これを」

 男は空の瓶を差し出した。

"その中に何を入れるのですか"

"あなたが一年間、神様に話しかけた言葉を。全部"男は言った。"それが神様の食べるものです"

 女は瓶を受け取り、また栓を抜いた。するとあの重さが、今度は瓶の中へと戻っていった。

「では、神様はもう、わたしのそばにはいないのですか」

 女が尋ねると、男は首を振った。

「いなくなったのは神様ではありません」

 女は、自分の掌を見た。

 一年前と同じ、空だった。

 一年前と違い、震えなかった。

ファンタジー

神様の値段

瀬川玄一

2026-06-06

一覧へ
神様の値段 - ショートショート | 福神漬出版