彼女の返信は、いつも三分以内に届いた。
深夜二時でも、会議中でも、葬儀の最中でさえも。
田島は、それを愛情の証だと思っていた。
付き合いはじめて八ヶ月。ふたりはまだ一度も会ったことがなかった。出会いはマッチングアプリで、互いに多忙を理由に、会う約束は先送りにされつづけた。それでも毎晩、メッセージは途切れなかった。
「今日も疲れた」と田島が送れば、「お疲れ様。ゆっくり休んでね」と返ってくる。「好きだよ」と書けば、「私も」と、三分以内に。
彼女の名前は、綾乃といった。
プロフィール写真は、海を背景に微笑む横顔だった。顔の半分が影になっていて、目元は見えなかった。田島は何度もその写真を拡大したが、影の奥は判別できなかった。それでも彼女の文章が好きだった。柔らかく、ときに鋭く、そして必ず三分以内に返ってくる文章が。
ある夜、田島は思い切って電話をかけた。呼び出し音が三回鳴ったところで、切れた。直後にメッセージが届いた。
「ごめん、今ちょっと話せなくて。文字のほうが好きだから、これからもこっちで話せると嬉しいな」
田島は納得した。自分もどちらかといえばそういうタイプだった。
八ヶ月と十日目に、田島は「そろそろ会いたい」と送った。珍しく、返信が来るまで四十分かかった。
「会ったら、きっと幻滅するよ」
「そんなことない」
「文字の私のほうが、きれいだと思う」
「それでも会いたい」
長い沈黙のあと、綾乃は住所を送ってきた。田島の家から、電車で三十分の距離だった。
約束の日、田島は花を買った。白いフリージアを六本。理由はなかった。ただ、彼女に似ている気がした。
インターフォンを押すと、ドアが開いた。
現れたのは、六十代とおぼしき女性だった。白髪まじりの髪、深い皺、しかし確かに海の写真と同じ、影の奥の目が、そこにあった。
「田島さん」と彼女は言った。声は、田島が想像していたよりずっと静かだった。
田島は花を持ったまま、何も言えなかった。
「驚いた?」と綾乃は言った。「でも、嘘はついていないわ。年齢を聞かれなかっただけで」
確かに、一度も聞かなかった。
「幻滅した?」
田島はしばらく黙って、それから白いフリージアを差し出した。
「なぜ、こちらから連絡を?」と田島は聞いた。「ずっと、会わないままでも良かったはずなのに」
綾乃は花を受け取りながら、少し間を置いた。
「先月、医者に余命を告げられたの」
田島はもう一度、フリージアを見た。六本。葬儀に供える花の本数だと、買ってから気づいて、それでも持ってきてしまったものを。