時空の嵐が頂点に達した瞬間、陽菜の脳裏に一つの術式が浮かんだ。それは時空操典の奥底に封印されていた、最も強大で、最も禁忌な力――『永劫継承の印』。

 虚無の収集家の巨大な手が迫る中、陽菜の手の中で時空操典が激しく光を放った。ページが勝手にめくられ、血のように赤い文字で記された術式が現れる。その内容を理解した瞬間、陽菜の息が止まった。

 この術式は、施術者の生命力を完全に図書館に注ぎ込むことで、すべての時代の扉を永続的に封印し、時喰いたちを完全に消滅させる。だが代償として、施術者は存在そのものが図書館の一部となり、二度と現世に戻ることはできない。

「そんな……」

 陽菜の呟きが、時空の嵐に掻き消される。だが術式の詳細が頭に流れ込むにつれ、それが今の状況を打開する唯一の手段であることが分かった。四人の力を合わせても、虚無の収集家の絶対的な消滅は止められない。このままでは、図書館も、仲間たちも、すべての時代の記憶も失われてしまう。

 晴明の声が時空を越えて響いた。「陽菜! 何か妙な気配を感じる。まさか……」

 北斎も叫んだ。「おい、嬢ちゃん! そんな顔をするな! まだ諦めるには早いじゃねえか!」

 エジソン明治の発明品が警告音を発している。「時空共鳴発電機が異常数値を検知! 陽菜さん、危険な術式を考えているのでは!」

 三人の声が陽菜の心を揺さぶった。だが虚無の収集家の攻撃は、もう目前まで迫っている。巨大な手から放たれる消滅の波動が、図書館の本棚を次々と無に帰していく。

「私は……守人一族の末裔」

 陽菜は震える手で時空操典を胸に抱いた。祖母から聞いた話が蘇る。守人とは、すべてを捧げてでも図書館を守る者たち。代々受け継がれてきた使命の重さが、今になって陽菜の肩にのしかかった。

 虚無の収集家が口を開く。「諦めるがいい。すべては無に帰するのが理想なのだ。苦しみも、悲しみも、すべての記憶と共に消え去れば、完璧な平穏が訪れる」

「違う!」

 陽菜の叫びが図書館に響いた。「記憶は、たとえ辛いものでも大切なの! それがあるから人は成長できる。それがあるから、今この瞬間の幸せを感じることができる!」

 時空操典のページが風もないのにめくれ続ける。永劫継承の印の術式が、陽菜の意志に呼応するように光を強めた。

 その時、晴明の式神が陽菜の元に飛来した。式神は小さな紙片を運んでいる。

『絶対に一人で背負うな』

 晴明の文字だった。続いて北斎の絵筆から生まれた小さな鳥が舞い込み、翼に描かれた文字を見せる。

『お前の笑顔を守るために戦ってるんだ』

 エジソン明治の小型発明品も時空を駆けて到着し、機械音声で告げた。

「生命に代わるエネルギー源、必ず見つけます。諦めないで」

 三人のメッセージに、陽菜の目に涙が浮かんだ。でも現実は変わらない。虚無の収集家の攻撃まで、あと数十秒。

「みんな……ごめん」

 陽菜は時空操典を高く掲げた。永劫継承の印が発動を待っている。だが術式を始動させようとした瞬間、新たな声が響いた。

「待って、陽菜」

 振り返ると、そこには陽菜の祖母の姿があった。いや、正確には祖母の記憶体。図書館の深層に眠っていた、初代守人たちの記憶が現れたのだ。

「おばあちゃん……」

「その術式は確かに強力です。でも本当の継承とは、命を絶つことではありません」祖母の記憶体が優しく微笑む。「時空操典には、もう一つの可能性が隠されているのです」

 祖母の手が陽菜の肩に触れた瞬間、新たな知識が流れ込んだ。永劫継承の印には、確かに別の発動方法がある。施術者一人の命ではなく、複数の守人が力を分かち合うことで発動する方法が。

「でも、そのためには……」

「そのためには、晴明さん、北斎さん、エジソン明治さんも守人として認められる必要があります。異なる時代から来た四人が、真の意味で心を一つにした時、新たな守人の契約が結ばれるのです」

 陽菜の胸に希望が灯った。だが時間がない。虚無の収集家の攻撃が最終段階に入っている。

「みんな! 聞こえる!?」

 陽菜は時空を越えて叫んだ。「私と一緒に守人になって! みんなの力を貸して!」

 晴明が即座に応えた。「言うまでもない。この晴明、陽菜殿と運命を共にする」

 北斎も豪快に笑った。「面白そうじゃねえか! この北斎、一生の思い出にしてやるぜ!」

 エジソン明治も声を張り上げた。「科学では解明できない絆、この目で確かめてみたい!」

 四人の心が一つになった瞬間、時層図書館全体が眩い光に包まれた。陽菜の手の中で時空操典が宙に浮き上がり、四つの光の束となって四人の元に飛んでいく。

 永劫継承の印が、新たな形で発動を始めた。だが同時に、虚無の収集家の最終攻撃も完成に近づいていた。

 陽菜は決意を込めて叫んだ。「いくよ、みんな! 私たちの絆で、すべての記憶を守り抜こう!」

 光と闇が激突する瞬間が、ついに訪れようとしていた。

時層図書館の守人たち

30

陽菜の選択

織部 時花

2026-04-19

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第30話 陽菜の選択 - 時層図書館の守人たち | 福神漬出版