警報音が施設全体に響き渡る中、蒼太とルナは研究者たちに囲まれていた。エコーは実験台の上で意識を失ったまま、その小さな身体からは感情エネルギーが抜き取られ続けている。
「君たちには感謝している」研究主任のグレイが冷たい笑みを浮かべながら言った。「おかげで貴重なサンプルが二体も手に入る。特に君、ルナと言ったか。君の感情スペクトラムは極めて興味深い」
蒼太は身を挺してルナを庇いながら、必死に脱出路を探していた。しかし武装した警備員たちが研究棟の出入り口を完全に封鎖している。
「蒼太」ルナが震え声で呟いた。「エコーが...エコーの感情が消えていく」
実験装置に繋がれたエコーの身体が、徐々に透明になっていく。人工生命体にとって感情は存在そのものの根源だった。それを奪われるということは——。
「やめろ!」蒼太が叫んだ。「エコーに何をした!」
「感情エネルギーの抽出実験さ」グレイが淡々と答える。「人工生命体の感情を純粋なエネルギーに変換し、我々人間が利用できる技術の開発が目的だ。君たちのような存在は、人類の新たなエネルギー源となるのだよ」
その時、研究棟の照明が一瞬点滅した。そして館内放送が流れる。
「こちら神崎ケイ。蒼太、ルナ、聞こえるか?」
蒼太の目が見開かれた。ケイの声だった。
「施設のメインシステムに侵入した。今から君たちを助ける」
研究者たちが慌てふためく中、研究棟の電子ロックが次々と解除されていく。非常灯が点滅し、施設の至る所で警報が鳴り響いた。
「セキュリティを突破されただと?」グレイが端末を操作しながら怒鳴った。「外部からの侵入者はいないはずだが」
「月面都市からのハッキングです」オペレーターが青ざめた顔で報告する。「相手は...神崎ケイ。月面最高のハッカーです」
蒼太は安堵の息を漏らした。ケイが来てくれた。しかし同時に不安も感じていた。ケイは人工生命体を危険視していたはずなのに、なぜルナを助けようとするのか。
「緊急脱出ルートを確保した」ケイの声が再び響く。「研究棟東側の非常口から外に出ろ。そこに脱出ポッドを用意している」
蒼太はルナの手を引いて東側へ向かおうとしたが、ルナが立ち止まった。
「エコーを置いていけない」
「ルナ、今は—」
「お願い、蒼太。エコーを助けて」
ルナの瞳に涙が浮かんでいた。蒼太は実験装置を見つめ、歯を食いしばった。エコーを外すには時間がかかる。その間に警備員たちが追いついてくるだろう。
その時、施設の主電源が突然落ちた。非常電源に切り替わり、薄暗い赤いライトだけが研究棟を照らしている。
「今だ!」
蒼太は実験装置に駆け寄り、エコーに繋がれたケーブルを引き抜いた。エコーの身体がぐったりと脱力する。
「エコー、しっかりしろ」
小さな人工生命体は目を薄く開け、弱々しく呟いた。
「み...んな、だいじょうぶ...?」
「大丈夫だ。みんなで帰ろう」
蒼太がエコーを抱き上げ、ルナと共に非常口へ向かう。しかし途中で武装した警備員の一団と遭遇してしまった。
「そこまでだ!」
レーザー銃が三人に向けられる。絶体絶命の状況だった。
その瞬間、通信機からケイの声が聞こえた。
「蒼太、ルナ、聞いてくれ」
ケイの声は今までになく真剣だった。
「僕は...君たちの友達だ。人工生命体がどうとか、そんなことはもうどうでもいい。大切なのは、君たちが僕の友達だということだけだ」
警備員たちの足音が近づいてくる。
「今から施設の核融合炉を一時的にオーバーロードさせる。その混乱に乗じて脱出しろ」
蒼太は愕然とした。「ケイ、まさか—」
「大丈夫だ。計算は完璧だ。小規模な爆発で済む。でも...僕はもう月面都市には帰れないだろう」
ケイがシステムに侵入した痕跡から、政府に身元を特定されるのは時間の問題だった。人工生命体を逃がした罪で、間違いなく処罰される。
「そんな...ケイ」ルナが通信機に向かって叫んだ。「あなたまで犠牲になることはない」
「君は優しいな、ルナ」ケイの声に微笑みが混じっていた。「でも、これは僕の選択だ。友達を守りたいんだ」
突然、施設の奥深くから低い振動が伝わってきた。核融合炉の出力が上昇している音だった。
「10秒後に非常電源も落とす。その隙に逃げろ」ケイの最後の指示が響く。「蒼太、ルナを頼む。そして...今まで疑っていてごめん、ルナ。君は本当に心優しい存在だったんだな」
「ケイ...」
施設が大きく揺れ、すべての照明が消えた。完全な暗闇の中で、蒼太とルナは手を繋ぎ、エコーを抱えて非常口へ駆けた。
外に出ると、小型の脱出ポッドが待機していた。三人は急いで乗り込み、施設から離脱する。
宇宙空間に出た瞬間、研究施設の一部が爆発した。オレンジ色の炎が漆黒の宇宙に広がり、やがて消えていく。
ポッドの中で、蒼太は通信機に呼びかけた。
「ケイ、応答してくれ。ケイ!」
しばらくの静寂の後、弱い信号が届いた。
「無事に...逃げられたか」
「ケイ!怪我は?」
「大丈夫だ。でも、もう時間がない。政府の追跡部隊が来る」
蒼太は拳を握りしめた。ケイが自分たちを救うために全てを犠牲にした。幼馴染の友情を、もう一度失うわけにはいかなかった。
「待ってろ、ケイ。絶対に迎えに行く」
「いや、蒼太。君にはもっと大切な使命があるはずだ。人工生命体たちを救うという—」
その時、ルナが通信機に向かって言った。
「ケイ、ありがとう。私たちはもう家族よ。家族を置いていくなんて、絶対にしない」
エコーも弱い声で呟いた。
「ケイおにいちゃん...まってる」
通信の向こうでケイが小さく笑う音が聞こえた。
「家族、か...悪くないな」
その時、ポッドのレーダーが新たな信号を捉えた。政府軍の戦闘艇が接近している。三機、いや五機。完全に包囲されるコースだった。
「蒼太」ルナが窓の外を見つめながら呟いた。「まだ終わっていない」
蒼太は操縦桿を握り直した。ケイが命をかけて作ってくれた脱出の機会を、絶対に無駄にするわけにはいかない。
しかし政府軍の戦闘艇は確実に距離を詰めてきている。この小さな脱出ポッドでは、とても振り切ることはできないだろう。
蒼太は月面都市の方角を見つめた。あそこにケイがいる。必ず助けなければならない。そしてエコーのような人工生命体たちも。
彼らの本当の戦いは、今始まったばかりだった。