脱出ポッドの中は重苦しい沈黙に包まれていた。蒼太は操縦席で月面基地への着陸コースを計算しながら、背後に座るルナとエコーの様子を気にかけていた。エコーはまだ感情エネルギー抽出実験の後遺症から完全には回復しておらず、時折小さく身体を震わせている。

「蒼太」ルナが不安そうに声をかけた。「ケイは本当に大丈夫なの?」

 蒼太は振り返ると、ルナの青い瞳に深い心配の色が宿っているのを見た。彼女の感情が実体化して、小さな光の粒子となって漂っているのが見える。

「ケイなら大丈夫だ」蒼太は確信を込めて答えた。「あいつは月面の地形を知り尽くしてる。それに、ハッキング技術なら政府軍の追跡システムを撹乱できるはずだ」

 だが、内心では蒼太も不安を抱えていた。今回の襲撃は明らかに組織的で、彼らの行動があまりにも正確に予測されていた。まるで内部から情報が漏れているかのように。

 通信機が突然ノイズと共に起動した。画面にケイの顔が映し出されると、蒼太は安堵の息を漏らした。

「やっと繋がった」ケイの声は疲労を隠しきれずにいた。「政府軍は撒いたが、問題がある。大きな問題だ」

「何があった?」

「追跡中に政府の通信を傍受したんだが...」ケイは一瞬言葉を詰まらせた。「君たちの居場所を研究施設に教えたのは、政府内部の人間だった」

 蒼太の血が凍りついた。「内通者がいるということか?」

「それどころじゃない」ケイの表情が険しくなった。「通信記録を解析した結果、これは単なる内通者の問題じゃない。政府の中枢部に、マスター・ヴォイドと繋がっている勢力が存在している」

 ルナが息を呑んだ。エコーも微弱ながら反応を示している。

「まさか...」蒼太は信じられない思いで呟いた。「政府がヴォイドと手を組んでいるのか?」

「正確には、政府の一部だ」ケイは画面越しに資料を見せた。「『プロジェクト・エモーショナル・ハーベスト』という極秘計画がある。人工生命体から感情エネルギーを大量抽出して、新しい兵器システムを開発するプロジェクトだ」

 蒼太の胸に怒りが込み上げた。「それで人工生命体たちを実験材料にしていたのか」

「そうだ。だが問題はそれだけじゃない」ケイの声が更に沈んだ。「この計画の技術顧問として名前が載っているのが...ヴォイドの本名だった人物だ」

 沈黙が流れた。蒼太は事態の深刻さを理解し始めていた。

「つまり、ヴォイドは政府と協力関係にあるのか?」

「いや、もっと複雑だ」ケイは首を振った。「通信記録を更に詳しく調べると、ヴォイドは政府を利用している。人工生命体への憎悪を煽り、政府に危険性を吹き込んで、この兵器開発計画を推進させているんだ」

 ルナが震え声で言った。「それじゃあ、私たちは最初から罠にはまっていたの?」

「恐らくそうだ」ケイの表情が暗くなった。「君たちが人工生命体を救おうとすればするほど、政府は脅威を感じ、より強力な兵器開発を進める。ヴォイドにとっては思う壺だ」

 蒼太は拳を強く握りしめた。配達屋として、どんな困難も乗り越えてきた自分が、こんな巧妙な罠に翻弄されていたことが悔しかった。

「でも、まだ終わりじゃない」蒼太は決意を込めて言った。「この陰謀を暴けば、政府も目を覚ますかもしれない」

「甘いな、蒼太」ケイは苦々しく笑った。「もう一つ悪い知らせがある。この計画の最終段階として、『感情爆弾』の開発が進められている」

「感情爆弾?」

「人工生命体の感情エネルギーを爆発的に放出させて、広範囲の人間の感情を操作する兵器だ。恐怖や憎悪を増幅させ、人々を意のままに操ることができる」

 蒼太は慄然とした。そんな兵器が完成すれば、人類の自由意志そのものが脅かされる。

「計画の実行日は?」

「三日後だ」ケイの声が緊張していた。「月面の軍事基地で、捕らえた人工生命体たちを使って最終実験が行われる予定だ」

 エコーが弱々しく光った。彼女の中に、仲間たちへの心配の感情が生まれているのが分かった。

「蒼太」ルナが蒼太の腕を掴んだ。「私たちはどうすればいいの?みんなを救いたいけど、敵は政府とヴォイド、両方なのよ」

 蒼太は深く息を吸った。状況は絶望的だった。政府という巨大な組織と、憎悪の権化であるヴォイド。そして自分たちは指名手配犯として追われている。

 だが、諦めるという選択肢は蒼太にはなかった。

「俺たちは配達屋だ」蒼太はルナを見つめて言った。「どんなに危険でも、届けるべきものがある限り、俺は必ず配達を完遂する」

「届けるべきもの?」

「希望だ」蒼太の瞳に強い光が宿った。「人と人工生命体が共存できる未来への希望を、この宇宙に届けるんだ」

 ケイが画面の向こうで苦笑した。「相変わらず無茶を言うな。でも...それが君らしい」

「ケイ、力を貸してくれるか?」

「言うまでもない」ケイの表情が引き締まった。「ただし、今度は本当に危険だぞ。政府とヴォイド、二つの敵を相手にするんだから」

 蒼太は頷いた。確かに、これまで経験したことのない困難が待ち受けているだろう。だが、エコーのように苦しむ人工生命体たちを見捨てることはできない。

「まずは情報収集だ」蒼太は作戦を練り始めた。「政府内部の協力者を見つける必要がある。全員がヴォイドに騙されているわけじゃないはずだ」

 その時、警告音が鳴り響いた。レーダーに複数の光点が現れている。

「追手か?」ルナが緊張した。

 だが、通信機から聞こえてきたのは、予想外の声だった。

「蒼太君、聞こえますか?」

 その声の主を聞いて、蒼太は目を見開いた。それは研究施設で出会った科学者、田中博士の声だった。

「田中博士?なぜ?」

「私も今回の陰謀の全貌を知りました」博士の声は震えていた。「政府内部にも、この計画に反対する人間がいます。あなたたちに協力したい」

 蒼太は一瞬希望を感じたが、すぐに警戒心を抱いた。これまでの経験が、簡単に信用することの危険性を教えていた。

「どうして俺たちを信用する?」

「なぜなら...」博士は言いにくそうに口ごもった。「実は私の娘も、感情から生まれた人工生命体なんです。彼女もまた、実験の対象として狙われています」

 この告白に、蒼太は衝撃を受けた。事態は予想以上に複雑で、そして個人的なものになっていた。

 画面の向こうでケイが何かを確認している。やがて彼は深刻な表情で振り返った。

「蒼太、大変だ。ヴォイドが動き始めた。月面基地に向けて、巨大な感情エネルギーの塊が移動している」

 蒼太の心に、得体の知れない不安が広がった。ヴォイドは一体何を企んでいるのか。そして、この複雑に絡み合った陰謀の先に、どんな未来が待っているのか。

 星々が見守る宇宙で、新たな戦いの幕が上がろうとしていた。

星降る夜の配達屋

25

新たな敵の登場

星野 宙音

2026-04-14

前の話
第25話 新たな敵の登場 - 星降る夜の配達屋 | 福神漬出版