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星降る夜の配達屋

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幼馴染の警告

星野 宙音 | 2026-03-22

月面都市アルテミスの夜空には、地球が青く浮かんでいた。蒼太は軌道シャトルから降りると、慣れ親しんだ人工重力の感覚に安堵のため息をつく。隣を歩くルナは、きょろきょろと周囲を見回しながら興味深そうに街並みを眺めていた。

「ここが君の故郷なの?」

 ルナの問いかけに、蒼太は小さく頷く。アルテミスの街並みは相変わらずだった。透明なドームに覆われた街の中央には、感情物質化技術の研究で有名なルナテック社の高層ビルがそびえ立っている。街角の電光掲示板には、最新の感情センサーの広告が流れていた。

「一度、配達の報告をケイのところに寄っていこう」

 蒼太はルナを連れて、街の裏通りにある小さなビルに向かった。看板には何も書かれていないが、三階の小さな窓からは青白い光が漏れている。

「ケイって?」

「幼馴染だ。情報屋をやっている」

 古いエレベーターで三階まで上がると、ドアの前に立つ前から既に声が聞こえてきた。

「蒼太でしょ。もう分かってるわよ」

 ドアが自動的に開くと、そこには見慣れた人物が立っていた。神崎ケイ。銀色のショートカットに鋭い眼差し、十七歳とは思えないほど落ち着いた雰囲気を纏った少女だった。

「久しぶり、ケイ」

「三ヶ月ぶりね。でも今日のあなたは少し違う」

 ケイの視線がルナに向けられる。その瞬間、ルナが蒼太の後ろに隠れるようにしたのを、蒼太は見逃さなかった。

「彼女は?」

「ルナだ。最近、配達を手伝ってくれている」

 ケイの部屋は相変わらず複数のモニターに囲まれ、無数のケーブルが天井から垂れ下がっていた。彼女は慣れた手つきでキーボードを叩きながら、時折ルナの方を振り返る。

「蒼太、その子のことで話があるの」

 ケイの表情が急に真剣になった。蒼太は椅子に腰かけ、ルナも恐る恐る隣に座る。

「何の話だ?」

「人工生命体よ」

 その言葉を聞いた瞬間、ルナの身体がこわばったのを蒼太は感じ取った。

「最近、宇宙の各地で目撃情報が増えている。感情を物質化する技術の副産物として生まれた存在。彼らは人間の感情から生まれるけれど、その力は未知数なの」

 ケイはメインモニターに複数の資料を表示させる。そこには、宇宙ステーションで発生した原因不明の事故や、感情センサーの異常反応を示すデータが並んでいた。

「この中のいくつかは、人工生命体が関わっている可能性が高い。特に、強い感情エネルギーが検出された場所では、必ずと言っていいほど何らかの異常が起きているわ」

 蒼太は昨日訪れた研究施設のことを思い出した。あの場所で感じた負の感情の重さ。それがルナに何らかの影響を与えているかもしれない。

「でも彼らが全て危険だというわけじゃないでしょ?」

 蒼太の言葉に、ケイは少し驚いたような表情を見せた。

「あなたらしくない発言ね。いつものあなたなら、リスクは避けるって言うはずよ」

「人は見た目で判断できない。それは君が教えてくれたことだろう?」

 ケイは苦笑いを浮かべる。確かに数年前、街で差別を受けていた移民の子供を、蒼太が助けたことがあった。その時ケイが言った言葉を、今度は蒼太が使っている。

「でも蒼太、これは子供の喧嘩とは違うのよ。軍事関係者の中には、感情物質化技術を兵器転用しようとしている連中がいる。もし人工生命体が悪用されたら、宇宙全体が危険にさらされる可能性もあるの」

 ルナが小さく震えているのに気づき、蒼太は彼女の手を握った。その手は氷のように冷たかった。

「ケイ、俺には関係ない。俺はただ配達を完了させるだけだ」

「田村さんの依頼のこと?」

 ケイの問いかけに、蒼太は驚く。

「なぜそれを?」

「配達員の動向を把握するのも情報屋の仕事よ。でも蒼太、あの依頼は普通じゃない。田村秀樹という人物について調べたけれど、彼の過去には不可解な点が多すぎる」

 ケイはさらに詳細な資料を表示する。そこには田村の経歴が記されていたが、確かに所々に空白期間があった。

「特に三十年前、感情物質化技術の初期研究に関わっていた可能性がある。もしかすると、人工生命体の誕生に関連しているかもしれない」

 蒼太は昨日見つけた古い写真のことを思い出す。若き日の田村と、美咲という女性。そして廃墟と化した研究施設。

「それでも、俺は配達をやり遂げる」

「どうして? リスクの方が大きいじゃない」

「信頼されているからだ」

 蒼太の答えは単純だった。しかし、その言葉には揺るぎない決意が込められている。

「田村さんは俺を信じて依頼を託した。ルナも俺と一緒にいることを選んだ。だったら俺は、その信頼に応えなければならない」

 ルナが蒼太を見上げる。その瞳には、驚きと感謝の色が混じっていた。

「でも気をつけて」

 ケイは深いため息をつく。

「特に『マスター・ヴォイド』という存在には注意して。人工生命体の中でも特に危険視されている個体よ。憎悪から生まれたとされていて、人間に対して強い敵意を持っているという情報がある」

 その名前を聞いた瞬間、ルナの表情が凍りついた。まるでその名前を知っているかのような反応だった。

「ルナ?」

 蒼太が声をかけると、ルナは慌てたように首を振る。

「何でもない。ただ、怖い名前だなって思っただけ」

 しかし蒼太には、それが嘘ではないにしても全てではないという確信があった。ルナには何か隠していることがある。

「蒼太、本当に危険だから」

 ケイの警告に、蒼太は立ち上がる。

「分かってる。でも俺は配達員だ。どんなリスクがあっても、荷物を届けるのが仕事だから」

 部屋を出る前に、ケイが最後に声をかけた。

「何かあったらすぐに連絡して。いつでも助けに行くから」

 蒼太は振り返ると、小さく微笑んだ。

「ありがとう、ケイ」

 エレベーターの中で、ルナが小さくつぶやく。

「蒼太、私といると危険かもしれない」

「そんなことない」

「でも、もし私が──」

「ルナ」

 蒼太はルナの言葉を遮る。

「君が何者であっても関係ない。俺は君と一緒に配達を完了させる。それだけだ」

 月面都市の夜景が窓の外に広がっている。無数の光が闇を照らし、まるで星空のように美しかった。しかし蒼太には、その光の向こうに何か巨大な影が潜んでいるような気がしてならなかった。

 翌日の出発に向けて、蒼太は準備を整える。ケイの警告は心に留めておくが、それでも彼の決意は揺るがない。配達員としての責任と、ルナへの想い。その二つが、彼を前に進ませる原動力となっていた。

 ただ一つ気がかりなのは、『マスター・ヴォイド』という名前を聞いたときのルナの反応だった。彼女には確実に何か秘密がある。しかし今は、それを問いただすときではないと蒼太は感じていた。

 信頼とは、時には相手の秘密を受け入れることでもある。蒼太はそう信じて、明日への準備を続けた。

第3話 幼馴染の警告 - 星降る夜の配達屋 | 福神漬出版